December 12, 2010

ヤマトな思い出

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」ヒットしてますね…。オレも初日に観てきました。感想はこちらに書いたんで、ここではファンとして、スタッフとして、「ヤマト」との関わりを思い出してみます。作品の話よりも体験的な方が面白そうだし。

TV「宇宙戦艦ヤマト」

中2の頃、TVで「宇宙戦艦ヤマト」が始まりました。でもオレは裏番組見てたの。「ハイジ」じゃなくって「猿の軍団」の方。ところが学校では「ヤマト」が盛り上がってて、みんなに勧められて見るようになったんです。ヤマトはもう地球を出発してましたが、すぐハマりましたよ。というか、ヤマトオタクでした。本、雑誌、レコード、プラモなどを買ったり、絵を描いたり。今でもソラでヤマト描けますよ。あ、同人誌作ったりもしたなあ。

劇場「宇宙戦艦ヤマト」

1977年、TVシリーズを再編集した劇場版の封切り時には、初めて徹夜して並びました。高2の夏です。地元のTV局が取材に来ててニュースに映ったんじゃなかったかな。名鉄グランドホテルでは「ヤマト」の感謝パーティーが開かれ、ファンとして招かれました。なぜオレが招待されたのかわかりません。この時、西崎プロデューサーに「ありがとう、ありがとう」ときつ〜く握手されたのが印象に残ってます。ささきいさおが主題歌歌ってたっけ。

劇場「さらば宇宙戦艦ヤマト」

翌年の夏に公開されました、東映動画が制作したれっきとした劇場用長編作品です。もちろん初日に観ました。名古屋ローカルですが土曜お昼に生放送の特番が組まれ、ファンとして出演しました。夏休み中ってこともあって、演劇部の合宿中だったんだけど、オレだけ抜け出して東海テレビに行きました。オレの出番は「アテレコに挑戦」というコーナーです。映画の1シーンに合わせて、シナリオを見ながら古代のセリフを言うんです。リハで相手役の麻上洋子さんはシナリオを確認してました。オレのシナリオはありません。ディレクター曰く「だって、ぶっつけ本番の方が面白いでしょ」ってことでした。なるほど。番組が進行し、いよいよ「アテレコ」のコーナーです。司会者が「挑戦してみたい人!」とひな壇に呼びかけると、打ち合わせ通りオレが狂ったように挙手します。指名されてバミリまで行きます。ちょっと遠回りして躓いたりしてダメダメ感を表現したのはアドリブです。医務室で古代が雪を見つけたシーンの映像が流れました。このシーンか…。生放送でぶっつけ本番の始まり。
オレ「馬鹿だよ君は。地球にいれば平和に暮らしていけるのに、こんな危険な旅へ紛れ込むなんて無茶だ」
麻上「私もヤマトの仲間の一人よ。みんなが行くなら私も一緒に、古代君たちのそばに居たかったのよ」
オレ「雪…!」
こんな感じ。オレは本番に強いので、ノーミスで噛みもせず、芝居的にバッチリ決めました。登場のボケ加減とぶっつけの演技力のギャップが好評でした。ゲストの舛田利雄監督が「うまいねえ、ボクの映画に出て欲しいよ!」なんて言ってました。司会者に「麻上さんと共演していかがでした?」と振られたので「森雪役が綺麗な人でよかった〜!」とか返しました。

さあ、以降は「ヤマト」が仕事になりますよ。

TV「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」

1979年の夏休みにCXでOAされた、当時流行のテレフィーチャー(TVスペシャル)です。オレはアニメーターになりたてだったスタジオエイト時代です。制作が東映ではなく、西崎さんのアカデミー製作だったこともあり、制作体制が惨かったようです。あり得ないOA直前の追い込みで、新人のオレも動画を手伝いました。動画マン全員での徹夜で、会社が夜食に出前をとってくれたのはこの時だけです(出前は会社から徒歩45秒ほどにある「やぶ恵」という中華料理店。2階はボロアパートで、そこの4畳半にM田と住んでました)。文字通り、ギリギリまで作業してました。初号もなかったんじゃないかなー。オレがやったカットで覚えてるのは、冒頭のガミラス艦隊やガミラス兵のモブです。モブは勝手にいろんな顔を描きましたよ。セルになったら青で塗られちゃうけど、馬場とか猪木とか超人ハルクとか。OA当日は会社の旅行でした。千葉の民宿でみんなで爆笑しながら見たなあ。

劇場「ヤマトよ永遠に」

1980年、スタジオエイトの解散で、オレとM田は師匠と共にスタジオコクピットに移籍していました。オレとM田は「やぶ恵」から、大泉学園の柏荘ってアパートに引っ越しました。その夏に公開されたのが「永遠に」です。制作は東映動画とアカデミー製作ですが、実質東映ですね、スタッフルームも東映にあったし。師匠が原画を担当してたし、オレも劇場用に慣れてきた頃で、結構動画やったような。この時期、目白通りの横断歩道でトラックにはねられてしまいました。同居のM田に仕事を持ってきてもらって自宅で動画してました。そん時やったので面倒だったのが、ヤマトの第1砲塔から第2砲塔にPANする横に長いカットです。砲塔が回転しながら狙いを定める動画です。難しいし面倒だし。あと、女性キャラ担当の高橋信也さんデザインによるサーシャも面倒でした。作画の指定が細かくて、目とか髪とか線のタッチとかね。チェックも厳しかったと思います。動画クレジットのコクピット枠は先輩まで。初号試写観に行ったけど、劇場でも観たはず。

TV「宇宙戦艦ヤマトIII」

アカデミー製作は東京動画って名前に変わったものの、制作体制は醜いままだったんじゃないかな。これがコクピットの近所にあったことから、動画の仕事が入ってきてました。ある夜、帰ろうかと思ったら東京動画の進行がカット袋をどっさり持って来て「動画助けてください、社長には明日話しておきますので!」オレとM田はいやいやながらも動画枚数を稼ぐために引き受けることにしました。カット袋の束を2人で分け、徹夜でがんばったんです。まあ、大して枚数上がんなかったけどね。

劇場「宇宙戦艦ヤマト 完結編」

オレはTVシリーズの原画マンだったので関わってないけど、初号は観に行きました。コクピットの動画マンは新人からベテランまで35人全員がクレジットされてましたよ。
Posted by A.e.Suck at December 12, 2010 06:11 AM





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