Biography
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1960年10月 名古屋市で生まれ、ものごころついた時から絵を描いていた。マンガはほとんど読まず、TVや映画好きの映像派少年だった。アニメよりは特撮派で、手塚治虫よりも円谷英二。一方で舞台で作り込まれた笑いに興味を持ち、ドリフや吉本新喜劇に憧れた。

(1)スタジオエイト
東映系の老舗外注スタジオ大手だった朝日フィルムを、そのスタッフ8人が改組して設立。東長崎にあった。仕上、撮影、演出・作画の独立で空いた席を多数の新人アニメーターが埋め、作監の森さんを中心とした作画スタジオになった。1979年に資金繰りが悪化し、翌年「地球へ…」の参加を最後に解散。森さん以下、一部のアニメーターはコクピットに移籍した。

(2)スタジオコクピット
1978年にスタジオエイトから演出と作画が独立して設立された作画・演出プロダクション。設立時、桜台の狭い部屋に作画机が並ぶ様子がコクピットのようだったのが社名の由来。演出だった山口さんは社長業に専念を決意、豊玉北に移転後は、スタッフ増員で東映・ムービーを中心にグロス路線を拡大することで躍進を遂げた。10年以上所属してたんで愛着がある会社。

(3)東映動画
現東映アニメーション。

(4)コクピットナゴヤスタジオ
名古屋でアニメーターを育成すべく設立され、東京から指導に行ったり、名古屋から修行に来たりした。スタジオ閉鎖後、一部のスタッフは上京しコクピットに移籍した。

(5)スタジオジュニオ
1969年にハテナプロから独立した香西さんが設立した制作プロダクション。東映・ムービー作品が中心で、自社制作も行った。全盛期は演出と作画で100名以上の大所帯で、コクピットとも関係が深かったが、1999年倒産。

(6)NAPLPS
画像通信の国際規格で、北米では標準規格だった。

(7)スタジオピーコック
アニメの仕上プロダクションで、コクピットの姉妹会社。

(8)シス・イン・シス
要町にあった、小中学校向け教育ソフトの開発・販売会社。

1976年 高校に入学すると演劇部に所属。また前期生徒会副会長、後期生徒会長を務め波乱を呼ぶ。77年から卒業まで演劇部の部長を務め、78年には自作・主演による演劇で、第31回中部地区大会まで進出。内容は社会派ホラー。
1979年5月 働くA.e.Suck上京して豊島区東長崎の4畳半に引っ越し。紹介により、有限会社スタジオエイト(1)にアニメーターとして所属。給料は 3 万円。初仕事は「キャプテンフューチャー」の動画。1980年2月解散キャプテンフューチャー
1980年3月 働くA.e.Suckアニメーターとして十分な力もつけられないうちのスタジオエイト解散だったが、運よく有限会社スタジオコクピット(3)に拾われて移籍。アパートも練馬区大泉学園に引っ越す。「ビートたけしのオールナイトニッポン」を聞き、ビートたけしを心の師と仰ぐようになる。「おはようスパンク」で原画デビュー。以後 1990 年 12 月までの長きに渡って所属。この間、交通事故に遭ったり空き巣に入られたりもあったが、新番組の企画作りや新人の指導、TV 出演なども体験キン肉マン&ビックリマン
1982年 東映動画(3)株式会社に劇場用作品の動画チェッカーとして 1 か月出向
有限会社コクピットナゴヤスタジオ(4)に新人の指導のため 1 か月出向
198X年
1985年 株式会社スタジオジュニオ(5)に劇場用作品の原画家として 1 か月出向
1988年 コンピュータによるアニメ制作に興味をもち、パソコン用のソフトハウス株式会社サイモンリモルテでCGデザイナーとして約1年アルバイト。子供向けソフトのグラフィックを NAPLPS(6)で描きはじめて、PC-98 と MS-DOS(2.11)の世界へ。昼は本業のアニメーター、夜中は CG というように 2足のワラジ。また Macintosh 購入に立会い、MacOS にカルチャーショックをうけたMacPlus
1989年 スタジオピーコック(7)新業務立ち上げのため、株式会社タイトーに CG デザイナーとして1か月出向。以後は TV アニメシリーズの作画監督の傍らビデオゲームのデザインも行う。日本武道館で文豪・高田文夫氏に出会い、思わずカメラに収めるかりあげ
1990年 映画館でビートたけし氏とバッタリ出会い、緊張と感激に震える。本人を前に思わず出た言葉は「殿、お疲れさまでした!」
1991年1月 PC-98 用のソフトハウス、株式会社シス・イン・シス(8)設立に参加、取締役就任。イラスト・アニメーション・キャプチャリング・最適化から時にはオーサリング・プログラミングまでグラフィックスに関する全てに関わる。Macintosh による DTP デザインも始め、ラフからフィルムまでというのが反響を呼んだ。自分でも PC-98 や AMIGA を購入し、アニメーション作りやビデオ編集に活用し始めるすばるくん
1994年10月 働くA.e.Suck名古屋に引っ越し、DTP スーパーバイザーとしてサンプロセス(9)株式会社に入社。JR 名古屋駅近くのマンションに引越し。社員になったのはこれが初めてだが2年たたずして挫折HomePage

(9)サンプロセス
名古屋の老舗製版会社。デジタルプリプレスで業務を拡大したが、莫大な設備投資が足枷となり経営が悪化、2002年に民事再生法を申請。適用後は救済措置によって復活を果たした。

1996年6月 A.e.Suck's Home Page を開設
1996年9月 働くA.e.Suckサンプロセス東京支社と契約、再び東京へ引越すことになる。JR中央線西荻窪駅近くのマンションを借りる
1996年11月 技術評論社「デジタルクリエイター講座 Web デザイナー編」発売神奈川沖
1996年12月 エクシングのCD-ROM「新・富嶽三十六景」発売
1997年1月 ホームページグランプリ優秀賞受賞
1997年3月 働くA.e.Suck株式会社テージ(10)設立に参加、取締役就任。2年間在籍
本格的にFlashアニメ制作業務を開始
t a g e Logo

(10)テージ
WEBサイトなど、デジタルコンテンツ制作を行うために設立したサンプロセスの子会社。拠点だった神楽坂の東京支社閉鎖後は、その業務が名古屋本社に集約された。

1998年1月 リクルート社クリオブ 97 デジタル部門審査員wavesite
1998年7月 ae-suck.comを取得、A.e.Suck's Wave Siteにリニューアル
1998年9月 アスキー「ジャンピング・FLASH 3J(11)発売ジャンピング・FLASH 3J

(11)ジャンピング・FLASH 3J
林岳里くん(現アドビシステムズ)と共著した本。分担は岳里くんがFlashの基本でA.e.Suckがアニメーション。特に、アニメーターがFlashアニメーションを解説した書籍として注目された。>>詳細
表紙は初台にあったアスキー本社地下のスタジオで撮影。その様子は岳里くんのサイトで公開されている。

1998年10月 はまだ荘に参加
1999年1月 リクルート社クリオブ 98 デジタル部門審査員
1999年2月 スティーブ・ジョブズと対面、感激の握手
1999年3月 またまたフリーランスに
1999年5月 Flash Animation Studio「dynamictoon」設立
小松崎茂公式サイトを開設
dynamictoon
1999年6月 WWF RAW マンデーウォッチを開設
2000年9月 日本工学院総合アニメーション科特別講師
2000年10月マクロメディア UCON 2000 講師
2001年1月 メディア・テック出版「Adobe LiveMotion がわかると Web デザインに強くなる」発売Flash アニメーション完全攻略

F-site

(12)FLASHアニメーション完全攻略
初の単独著で、韓国語版も発売された。ActionScriptが搭載されたFlash5だが、Scriptはもちろん基本的な解説もなくFlashアニメーション制作に特化した本。6年間に渡って販売され、多くのFlash使いに影響を与えた。>>詳細

(13)Flash Power Session
ユーザー主体のFlashセミナーイベント。通称FPS。2001年は大阪、翌年は東京、2004年に再び大阪で開催された。

(14)インターネット情報局
NHK教育で、2000年4月から2002年3月まで放送されていた中学生向け学校放送番組。A.e.SuckはスタジオでFlashアニメを紹介したり、出演者に制作してもらったりした。その放送内容はかなり好評だった。

2001年4月 オーム社「Flash アニメーション完全攻略(12)発売。アマゾンで最高 13 位を記録、IT 書では最高 2 位
2001年7月 Flash Power Session(13) 2001 スピーカー
2001年9月 初めての海外旅行でワイハへ
F-site に参加
2001年11月 マクロメディア JumpStart セミナースピーカー
日光 Creators Heaven スピーカー
NHK教育「インターネット情報局(14)出演
2002年1月 NIFTY を退会
2002年2月 名古屋工学院メディアセンター特別講師
2002年3月 「レッスルマニア X8」をトロントで観戦、翌日モントリオールで「ロウ」も観戦
Macworld EXPO マクロメディア・ブースのスピーカー
2002年6月 聖地で働くA.e.Suck本拠地を高井戸に移転、Flash の聖地に
Flash Power Session 2002 司会
2002年11月 マクロメディア DevCon 2002 講師
2003年2月 F-site セミナースピーカー
2003年3月 「レッスルマニア 19」でシアトルへ
2003年4月 株式会社ロクナナ(15)取締役就任、ロクナナワークショップ開講ロクナナ

(15)ロクナナ
1996年にフリーランスの制作グループとして発足、2001年に法人化。WEB制作の他、制作関連のワークショップも開講。

2003年5月 マクロメディア大阪セミナー講師
2003年6月 マクロメディア FlaCon 基調講演ビデオ出演
2003年10月 FLASH-Japanに参加FLASH-JP
2003年11月 NHK 教育「情報 A(16)出演

(16)情報 A
NHK教育の高校生向け番組。プロの仕事場のコーナーで高井戸の仕事場が紹介された。頻繁に再放送されてた。

2003年12月 So-net を退会
2004年2月 F-site セミナースピーカー
マクロメディア MAX 2004講師
2004年3月 ヘッドクォーターを兼ねて、初台の新築高層マンションを購入
「レッスルマニア 20」でニューヨークへ

(17)初台
オペラシティ、新国立劇場のほか、カシオ、NTT東日本、ロッテなどの本社がある。またアップル、DeNA、ガンホー、アスキーも初台に本社があった。

2004年4月 新聖地聖地を初台(17)に移転
2004年6月 DTI を退会
2004年9月 Flash Power Session 2004 スピーカー
2004年11月 F-site セミナースピーカー
2005年4月 多摩美術大学(18)非常勤講師就任

(18)多摩美術大学
毎週金曜日の午後、3年生の情報教育のクラスでFlashアニメーションを教えることになった。

2005年5月 F-site セミナースピーカー
2005年12月 Macromedia Studio 8 MATP 特別講座ゲスト
2006年2月 Apple Store「Flash 8 を使ったアニメーション制作入門」講師
2006年5月 F-site セミナースピーカー
A.e.SuckのFlashアニメーション講座(19)DVD発売
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(19)A.e.SuckのFlashアニメーション講座
ロクナナのワークショップをDVD化。受講者がビデオカメラであることを除けば通常の講座と同じ。絵コンテ編と作画編があり、個別またはセットで購入できる。>>詳細

2006年7月 ActionScript 3 デビューセミナーパネラー
2006年8月 Flash 8 INSPIRATION SCENE Night Jamスピーカー
2006年11月 F-site セミナーゲスト
2007年2月 F-site セミナーパネラー
2007年6月 Apple Store「A.e.Suckが魅せるFlashアニメーションの世界」講師
ワークス「標準ガイドブック2 Webデザイン」発売
FLASHアニメーション制作バイブル

(20)FLASHアニメーション制作バイブル
前著「完全攻略」のアップグレードにとどまらず、Flashアニメ制作の究極ガイドとして永久保存版にするべく書いた本。>>詳細

(21)映像テクノアカデミア
新宿にある、東北新社グループの映像専門学校。毎週金曜日の夜、Flashアニメーションを教えることになった。

2007年7月 オーム社「FLASHアニメーション制作バイブル(20)発売
毎コミ「Flash プロフェッショナル・スタイル」発売
Web標準の日々スピーカー
2007年8月 F-site セミナースピーカー
2007年9月 映像テクノアカデミア(21)講師就任
2007年11月 F-site セミナー司会
2008年5月 F-site セミナースピーカー
2008年7月 F-site セミナースピーカー
2008年9月 FLASHパワーセッション 2008 スピーカー
2009年1月 F-site セミナーパネラー
2009年5月 アニメーター30周年
2010年7月 F-site セミナースピーカー
2011年2月 オーム社「FLASHアニメーション制作バイブル(20)電子書籍版発売Flashモーションタイポグラフィ

(22)タイムライン派向けのテキストモーション50本レシピ本。全サンプルのFLAも配布中。

2011年8月 F-site セミナーパネラー
2012年2月 ソフトバンククリエイティブ「Flashモーションタイポグラフィ(22)発売
2013年7月F-site セミナー司会
2013年8月シリコンカフェ トークライブ#1出演